2011年11月14日 (月)

無茶な提案 (黒いビジネススーツをなくすには) ほんのここ7~8年の間に気が付いてみたらほとんどの若いビジネスマン、なかんづく就職活動をしている若者にまで、いわんや女子学生までが当たり前のように着用するに至っては亡国の極みであります

無茶な提案

 

(黒いビジネススーツをなくすには)

 

 黒のビジネススーツなんてほんの少し前には存在していなかったアイテムが現代では当たり前の仕事着になって世の中を暗くしていることを解消できないだろうかと考えていて答えがひとつ見つかったので提案したい。そもそも、以前にも書きましたが黒いスーツというのはフォーマルウエアメーカーの専売で、通常のスーツメーカーの企画には存在しない色でありました。ほんのここ7~8年の間に気が付いてみたらほとんどの若いビジネスマン、なかんづく就職活動をしている若者にまで、いわんや女子学生までが当たり前のように着用するに至っては亡国の極みであります。もちろん景気の低迷によって、個性を強調するよりも出る釘にならないような風潮が蔓延していることは理解しつつも電車の中の「毎日がお葬式」といった黒子ばかりの服装を見ると、ここが変わるだけでも世の中は明るくなるだろうし経済の活性化の一助になるのではと考える次第であります。さてそれではどうすればこの真っ暗になってしまったビジネスウエアを明るく出来るかということですが、キーワードはこの暗闇状況を作ってくれた当の大型紳士服専門店がすでに提示してくれていたのでした。それは「ビジネススーツはユニフォームである」という言葉です。女子従業員の多くは私服で通勤し会社でユニフォームに着替えるというのが一般的です。デパートにおける販売員も化粧品売り場の店員も各会社のユニフォームを着用しています。従って通勤時の女性はそれなりに私服ならではの気を使い、コーディネートを意識することにもなりひいては美容と健康にも影響してきます。さらに、ユニフォームに着替えることで私服の傷み方も違うでしょう。ということで、こんなにいいことだらけのシステムは平等の世でもあり男子従業員にも適用すべきではないのかという提案であります。現にいわゆるブルーカラーの人たちの多くは通勤と仕事場の着るものは分けております。従って、1)黒い服(濃紺も可)はユニフォームとして事業者が負担する。または何割かの個人負担。2)通勤は基本をジャケットまたはブレザー×パンツとし(考えた上でコーディネイトするものであればユニクロ×KITONなども可)、金曜日はカジュアルフライデイ(なんか昔聞いたことあるな)としてブルゾンなども可とする。3)スーツを着たい場合は、黒は不可、ポリエステル/ウールも不可として、ユニフォームとは違うことを申告する。誰に?と、ここまできて、目が覚めましたので本日の無茶な夢のお話は終わりです。

 

2011年11月 7日 (月)

よく分からないこと (しつけ糸を付けたまま着ている人) ここ何年かで気になることに、1)躾け糸を外さないまま服を着ている人、2)コートの袖口に生地の内容表示を付けたままの人、というのがあります

よく分からないこと

(しつけ糸を付けたまま着ている人)

 最近でもないんだけど、ここ何年かで気になることに、1)躾け糸を外さないまま服を着ている人、2)コートの袖口に生地の内容表示を付けたままの人、というのがあります。このことは、夏が終わったのにそのままネクタイをしないという習慣がついてしまったのかノーネクタイでやたらとデザインされた流行りシャツを黒いスーツになっても着ていることとか、件のデザインシャツに柄のネクタイをしちゃうという感性の問題とは違います。躾糸を外さないというのは、一つには一人住まいをしているために母親やカミさんが取ってくれることがない環境にいるということがあるでしょう。もちろん、自分自身もそんなことに頓着しないのだろうけどせめて仕事場で注意してくれる人はいないのだろうかと考えてしまいます。もう一つの問題は販売者の方ですね。最近ディスプレーのボディーに着せているテーラードの上着を見ると、特に安物に多いような気がするんだけれど明らかにセールスギミックとしてやたらと躾を付けております。襟のフラワーホールなんかそもそも穴が開いてないのにバッテンの躾が付いていたりして、ほとんどお笑いであります。まあ、それも良しとしてもせめてお客さんに服を渡す時点では「躾はお取りしますか?」くらいのことは聞いてあげるのが筋ってもんではないだろうか。サイドヴェンツの躾が付いたままの人を見ると、こっちが気持ちわりーからつい「あなた、躾が付いたままですよ」なんて言ってあげたくなるんだけど、カミさんから、やたらと喧嘩の仲裁とか人に注意をしないようにときつく言われているので、最近は親切も出来ません。中でも一番普通の人にとって難しいと思われるのが、肩パットを止めているかと考えられる肩線の躾です。こいつが肩の縫い目を少し外してあるのは何とかなるんだけど、縫い目に埋まっちゃってるのはどーにもしょうがないてーんだ。というわけで、どーでもいいようなギミックをやるんなら、後で消費者が困んないようなフォローをしてもらいたいもんであります。次にひどいのがオーバーコートの袖口に生地の内容織りネーム付けたままで着ていることであります。こんな恥ずかしい事に無頓着な人たちはさすがに以前はおりませんでしたね。いや、無頓着ではなく意識して外さないのですよね。私のは“Pure Cashmere”のコートですよって主張しているのでしょうが、これも販売した時に売り場の人が一言いうべきなのじゃないだろうか。「これは“Fine Wool”って書いてあるので外しておきましょうか」って。

2011年11月 2日 (水)

JAZZと着るもののお話 (人が人を見なくなった) 我が国では近頃特に人が人を見なく(SeeでもWatchという意味でも)なったような気がします

JAZZと着るもののお話

(人が人を見なくなった)

 前回お話の最後で、自分が「今日は決まったな」と思う日でも他人はほとんど見ていないと書きました。我が国では近頃特に人が人を見なく(SeeでもWatchという意味でも)なったような気がします。理由はいくつかあるのでしょうが、大きくは1)モバイルフォンの類、あるいは携帯のゲーム機などとの交際時間が多くなった。2)他人と関わりたくない風潮が影響している。3)自分のことにしか興味がない。などが考えられます。従って、FBの友人も電車の中やトイレで食事をする人のことを書いておられましたが、人のことを見なくなったということと自分の世界だけに閉じこもることは根が同じように思います。

私などは職業柄気が付くと人の服装を見ておりますし、たまに着こなしの素敵な人に出会うと自然と参考に出来るかなどをチェックしているようです。ようです、というくらい無意識にやっているのですがこれは職業柄ですのでポピュラーとは言えません。とはいえ一般的に考えるとパリのカフェで何時間も座っていられるのも、サルトリアリストやストリートスナップなどが受けるのもやはり他人の着ているものや行動を見るというのは面白くまた参考にもなるからではないでしょうか。最近のメンズ服飾誌でも“困ったときのPITTI UOMOスナップ”ではありませんが、ストリート写真全盛と言ってもいい様子です。さらに現代人の多くはリアルよりもバーチャルの方が好きなのかもしれませんね。ですから仮に電車の中で目の前にカッコいい人がいたとしても全く目に入らずにモバイルフォン上でストリートスナップなんかを眺めているのかもしれません。

さて、音楽についてはどうなのでしょうか。やはり多くは若者を中心にイヤーフォンで音楽を聴くのが一般的の様です。さらにCDからHDに録音されたものが普通になり、今やレコードから始まってテープ、CDにいたるまでのいわゆる“回転”して音を出していたものが終焉したわけです。音楽がiPodなどにより更にポータブルになると、自分への閉じこもり感は更に加速されます。現代はポータブル機器の発達による「閉じこもりの時代」なのかもしれません。音楽、特にJazz Musicは同じ演奏者が同じ曲を同じメンバーでやっても昨日と今日では全く違う演奏になります。アドリブ音楽の大きな特徴ですね。Jazz Musicこそはバーチャルでなく生でこそその良さを楽しめる最高の音楽と言えるのかもしれません。

だ、だから、なにが言いたいのよと言われそうな、まとまらないブログになってしまいました。

2011年10月27日 (木)

JAZZと着るもののお話 (おすすめの曲はありますか) だから、私にとって最高だと思っている演奏が現にユーチューブでは200回位のオーダーだったりしてるわけです

JAZZと着るもののお話

 

(おすすめの曲はありますか)

 

このところ毎晩FB上で気に入った音楽をユーチューブからシェアしたりしているのだが、ある演奏を紹介したときの娘の友人でフェースブック友でもある女性からの質問には唸ってしまった。それは「・・・おすすめの曲はありますか?」というものであった。適当に答えておけばどうってことないんだけど、真剣に考えたらなんと難しい質問であるのか。なぜかというと、私は彼女の音楽、なかんずくJAZZに関するレベルが全く分からないのである。ここで、「また、JAZZ者はもったいつけてかっこつけるんだよな」って思われてしまうのであるが、ここがポピュラーミュージック、つまり売れてる音楽と違うところなんだよね。売れてる音楽ってのはそれだけ多くの人の共感を呼んだものだから

「あの曲っていいよねー」っていえば大勢の共感が得られるんだけど。やはり、CLASSIC音楽とかJAZZって実際のパーセントに現れてる様にマイナーな音楽なんだと思う。だから、私にとって最高だと思っている演奏が現にユーチューブでは200回位のオーダーだったりしてるわけです。というかなりインディビジュアルな要素が強いものだけに、それに個人が聴いてきた歴史とか世代、環境にかなり影響されるものだから人に推薦するってのは本当に難しいのであります。ですから、これも自分で見つけなきゃいけないんだろうけど、強いて言えば、1)気にいった曲を色んな演奏者で聴いてみる、2)気にいった演奏家の様々な曲を聴いてみる、3)好きな楽器を中心に演奏家を追っていく、ってとこかな。いずれにしても先ずはスタンダードといわれるものをたくさん聴くに限りますね。とここまで書いてきて、これって着るものにも当てはまるよね、と思うのであります。「なにかおすすめの服ありますか?」と聞かれとしたら、さあー、どう答える、どうなんだ。えっ、て、そう責められても・・・。もちろん、これが売り場の販売員だったり、コーディネートを仕事にしている人ならばそれほど悩まないだろうけど、私なんかは「いい歳して、てめえの着るもんも決められねーのか、おめーはよ。」なんて言っちゃいそうであります。

着るものの場合は、自分が聴く人じゃなくて常に演奏家なんだよね。だから、1)先ずは今日一日のスケジュールを考えながら、ベッドに今日着る服を置きながらコーディネートしていく、2)着てみて、鏡に映った自分をチェックする、3)ベッドでのコーディネートでは良いと思っていても着たときに変だと思ったら修正する。3)それを、何十年も毎日繰り返す。そうすると時には、今日は決まったなっていう日があるだろうけど、他人はほとんど見ていない。家人も見ていない。そう、男のお洒落は自己満足なのだ。これでいいのだ。

流行りもののこと-2 (製品加工のお話) 最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから

流行りもののこと-2

 

(製品加工のお話)

 

 近頃でもなく、かなり前からですが製品加工をすることが一つの重要な表現方法になっております。多くはカジュアルウエア、なかんずくデニム素材を使用した商品に多く見られる手法であります。従って“流行りもの”という文脈で考えることでもないとは思うのですが、最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから高級毛織物メーカーまでがウール素材に後染め加工をするなど大いに影響を受けております。先日ジャパン・クリエーションという服飾素材を中心として、革製品やアクセサリーなどの展示会が東京国際展示場であったのですが、私にとって興味深かったのは生地や製品を加工するこれらの会社でした。やはりデニムとの関連から岡山や広島に本社や工場を持つ会社が多いのですが、その手法の説明をうかがって正直驚いてしまいました。一般の人から見たら、なんでわざわざ穴開けたり継ぎを当てたり色を落としたりしたものがあんなに高いんだろうと思うでしょうけど、あの工程を説明されたらさもありなんということになります。とはいえ、それではなぜに新品の状態よりもダメージを与えたり古く見せたものに人は価値を感じるのだろうかということであります。

デニムやジーンズについては一家言を持つ人が大勢いるでしょうから、私ごとき毛織物族に言われたくないかもしれません。とはいえ、私も大昔のアメヨコから数えれば50年近くは優にジーンズを穿いてきているわけだからお許しいただけるでありましょう。実は最近の私の仕事着はと言えばジーンズ×ジャケットプラスネクタイというのが標準になっており、初めての人と会うことでもない限りスーツを着ることもウールパンツを穿くことも少なくなってしまいました。そうなると、ジャケットによってジーンズの色の落ち加減や素材感がコーディネイト上重要性を持つことになるのであるが、なぜに上着によってジーンズを変えるのにそんなに悩んでいるのかは細君(小津の映画っぽくて最近はカミさんより気にいった言い方です)には理解しがたいようです。最近感じるのはジーンズというのは穿きこんで行って経年する過程で自分が納得して美しいと思える期間というのはそれほど長くないのではないかと思うようになってきたのであります。私は多くの場合新品の状態から穿きこんでいくのであるが、どういうわけか左の膝の部分が早く薄くなってしまい、穴が開きそうになってきたらお出かけには穿かないことにしている。ところが、全体の色が美しく感じ、当たりやヒゲの雰囲気も良くなるところがこの頃なのである。そのような観点から行きますと、美しく感じかつ穴も開かないでいる期間というのは意外に短いのではないのだろうか。まあ、これは人間にも同じようなことが言えるのだろうが言及はすまい。ということで、“加工”というのはこの、デニムが最も美しい期間を敢えて作ってしまうということであり、そこに至る期間に対しての対価なのであろうし、ですからそこを美しく感じられる人にとっては決して高いものではないのでありましょう。とはいえ、最近の加工されたジーンズには穿きこんで出来る経年変化の状態とは別の価値観が出来上がっており、現代は加工されたものの価値が確立された時代ということが出来よう。

昔読んだものの中で、「英国紳士は仕立て上がりの服を着て池にとびこんで水浸しになったものを乾かしてから着始める。」なんてものがありましたが、仕立て下ろしの新品を着るというのがなんとなく気恥ずかしいと思うのは万国共通なんですね。

いずれにしても、わざと古くする仕事なんてのは平和じゃなきゃ成立しない仕事だと思います

流行りもののこと-2 (製品加工のお話) 最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから

流行りもののこと-2

(製品加工のお話)

 近頃でもなく、かなり前からですが製品加工をすることが一つの重要な表現方法になっております。多くはカジュアルウエア、なかんずくデニム素材を使用した商品に多く見られる手法であります。従って“流行りもの”という文脈で考えることでもないとは思うのですが、最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから高級毛織物メーカーまでがウール素材に後染め加工をするなど大いに影響を受けております。先日ジャパン・クリエーションという服飾素材を中心として、革製品やアクセサリーなどの展示会が東京国際展示場であったのですが、私にとって興味深かったのは生地や製品を加工するこれらの会社でした。やはりデニムとの関連から岡山や広島に本社や工場を持つ会社が多いのですが、その手法の説明をうかがって正直驚いてしまいました。一般の人から見たら、なんでわざわざ穴開けたり継ぎを当てたり色を落としたりしたものがあんなに高いんだろうと思うでしょうけど、あの工程を説明されたらさもありなんということになります。とはいえ、それではなぜに新品の状態よりもダメージを与えたり古く見せたものに人は価値を感じるのだろうかということであります。

デニムやジーンズについては一家言を持つ人が大勢いるでしょうから、私ごとき毛織物族に言われたくないかもしれません。とはいえ、私も大昔のアメヨコから数えれば50年近くは優にジーンズを穿いてきているわけだからお許しいただけるでありましょう。実は最近の私の仕事着はと言えばジーンズ×ジャケットプラスネクタイというのが標準になっており、初めての人と会うことでもない限りスーツを着ることもウールパンツを穿くことも少なくなってしまいました。そうなると、ジャケットによってジーンズの色の落ち加減や素材感がコーディネイト上重要性を持つことになるのであるが、なぜに上着によってジーンズを変えるのにそんなに悩んでいるのかは細君(小津の映画っぽくて最近はカミさんより気にいった言い方です)には理解しがたいようです。最近感じるのはジーンズというのは穿きこんで行って経年する過程で自分が納得して美しいと思える期間というのはそれほど長くないのではないかと思うようになってきたのであります。私は多くの場合新品の状態から穿きこんでいくのであるが、どういうわけか左の膝の部分が早く薄くなってしまい、穴が開きそうになってきたらお出かけには穿かないことにしている。ところが、全体の色が美しく感じ、当たりやヒゲの雰囲気も良くなるところがこの頃なのである。そのような観点から行きますと、美しく感じかつ穴も開かないでいる期間というのは意外に短いのではないのだろうか。まあ、これは人間にも同じようなことが言えるのだろうが言及はすまい。ということで、“加工”というのはこの、デニムが最も美しい期間を敢えて作ってしまうということであり、そこに至る期間に対しての対価なのであろうし、ですからそこを美しく感じられる人にとっては決して高いものではないのでありましょう。とはいえ、最近の加工されたジーンズには穿きこんで出来る経年変化の状態とは別の価値観が出来上がっており、現代は加工されたものの価値が確立された時代ということが出来よう。

昔読んだものの中で、「英国紳士は仕立て上がりの服を着て池にとびこんで水浸しになったものを乾かしてから着始める。」なんてものがありましたが、仕立て下ろしの新品を着るというのがなんとなく気恥ずかしいと思うのは万国共通なんですね。

いずれにしても、わざと古くする仕事なんてのは平和じゃなきゃ成立しない仕事だと思います。

流行りもののこと-2 (製品加工のお話) 最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから高級毛織物メーカーまでがウール素材に後染め加工をするなど大いに影響を受けております

流行りもののこと-2

(製品加工のお話)

 近頃でもなく、かなり前からですが製品加工をすることが一つの重要な表現方法になっております。多くはカジュアルウエア、なかんずくデニム素材を使用した商品に多く見られる手法であります。従って“流行りもの”という文脈で考えることでもないとは思うのですが、最近のイタリアのアパレルではウールやカシミア製品にまで様々な加工をほどこしてそれが人気であることから高級毛織物メーカーまでがウール素材に後染め加工をするなど大いに影響を受けております。先日ジャパン・クリエーションという服飾素材を中心として、革製品やアクセサリーなどの展示会が東京国際展示場であったのですが、私にとって興味深かったのは生地や製品を加工するこれらの会社でした。やはりデニムとの関連から岡山や広島に本社や工場を持つ会社が多いのですが、その手法の説明をうかがって正直驚いてしまいました。一般の人から見たら、なんでわざわざ穴開けたり継ぎを当てたり色を落としたりしたものがあんなに高いんだろうと思うでしょうけど、あの工程を説明されたらさもありなんということになります。とはいえ、それではなぜに新品の状態よりもダメージを与えたり古く見せたものに人は価値を感じるのだろうかということであります。

デニムやジーンズについては一家言を持つ人が大勢いるでしょうから、私ごとき毛織物族に言われたくないかもしれません。とはいえ、私も大昔のアメヨコから数えれば50年近くは優にジーンズを穿いてきているわけだからお許しいただけるでありましょう。実は最近の私の仕事着はと言えばジーンズ×ジャケットプラスネクタイというのが標準になっており、初めての人と会うことでもない限りスーツを着ることもウールパンツを穿くことも少なくなってしまいました。そうなると、ジャケットによってジーンズの色の落ち加減や素材感がコーディネイト上重要性を持つことになるのであるが、なぜに上着によってジーンズを変えるのにそんなに悩んでいるのかは細君(小津の映画っぽくて最近はカミさんより気にいった言い方です)には理解しがたいようです。最近感じるのはジーンズというのは穿きこんで行って経年する過程で自分が納得して美しいと思える期間というのはそれほど長くないのではないかと思うようになってきたのであります。私は多くの場合新品の状態から穿きこんでいくのであるが、どういうわけか左の膝の部分が早く薄くなってしまい、穴が開きそうになってきたらお出かけには穿かないことにしている。ところが、全体の色が美しく感じ、当たりやヒゲの雰囲気も良くなるところがこの頃なのである。そのような観点から行きますと、美しく感じかつ穴も開かないでいる期間というのは意外に短いのではないのだろうか。まあ、これは人間にも同じようなことが言えるのだろうが言及はすまい。ということで、“加工”というのはこの、デニムが最も美しい期間を敢えて作ってしまうということであり、そこに至る期間に対しての対価なのであろうし、ですからそこを美しく感じられる人にとっては決して高いものではないのでありましょう。とはいえ、最近の加工されたジーンズには穿きこんで出来る経年変化の状態とは別の価値観が出来上がっており、現代は加工されたものの価値が確立された時代ということが出来よう。

昔読んだものの中で、「英国紳士は仕立て上がりの服を着て池にとびこんで水浸しになったものを乾かしてから着始める。」なんてものがありましたが、仕立て下ろしの新品を着るというのがなんとなく気恥ずかしいと思うのは万国共通なんですね。

いずれにしても、わざと古くする仕事なんてのは平和じゃなきゃ成立しない仕事だと思います

2011年10月25日 (火)

流行りもののこと (ニットジャケットのお話) さて私なんぞは、この、皺にならないてーところが気にいらないんであります

流行りもののこと

(ニットジャケットのお話)

この素材(ジャージーを使ったジャケット)が目につくのはここ数年気になっていたのではあるが、話題にするほどのことでもないだろうと思っておりました。

しかしながら本日地下鉄で私と同年代と思われる初老の男性が、これをスーツでしかもキャメルカラーで着ていたことの勇気に敬意を表し考えてみることにした次第です。

ニットジャケット自体は昨日今日のものではなく、私自身の“着なくなった服”の中にも10年程以前のものがありました。ところで、ニット(横編みではなく、丸編みあるいは経編みをカット&ソウするものを言っております)の上着というものは、ほとんど皺になりません。それと素材にもよりますがしっかりとさせるにはある程度、度目(どもく)を詰めなくてはなりませんので、目付はやや重くなる傾向になります。ですから、某大手アパレルがエアー・ナントカと謳っているのも実際の軽さというよりも、皺にならずにイージーケアーであることで、トラベルウエアとしての携帯性などが受けているんじゃないかと思います。

さて私なんぞは、この、皺にならないてーところが気にいらないんであります。

前回のブログの「ハンガー映え」にも書きましたが、私ら日本人はどーもこの皺を気にするんでありますな。服ってものは素材によっての皺の出方が味になるんでありまして、着込んでいったときの皺の出方で素材の良さも決まったもんであります。それがあなた、近頃ときたひにゃ、皺の出ない麻は作れませんかねーって言う奴がいたり、ウールに防しわ加工なんぞを謳い文句にするところまで出てくるんですから世の中ももう終わりだね、ってくらいであります。

本来、ウールの特性の一つに皺の回復も含まれておりまして、あるレベルの原料を使用して、バランス良い撚り、打ち込みで織られた毛織物は着て皺になったとしても、よくブラッシングをしてほんの少し霧吹きで湿度を与えておくだけで皺は取れていくものなのであります。したがって、防しわ加工をしておりますってことは、良くない原料で安く作った生地を加工でごまかしておりますという、まあ普通に考えれば分かることであります。現に、高級品で防しわ、防臭、抗菌、防塵なんて加工はしないでしょう。

閑話休題、ということでニットジャケットでありますが、皺にならないことと、ニットの特性で垂れ下がった感じがすることが、どうもパンツとのコーディネイトを難しくしているなと感じておりました。実際、コットンパンツやジーンズに合わせる人が多いとは思いますが、トップスのつるんとした感じとコットン系の素材は今一つしっくりきませんし、ウールタイプのパンツですとトップスのカジュアル感と合わせにくいような気がしておりました。そんななか満を持して登場した答えが“スーツ”でありました。うーーーん、そういう手があったか。ということで、本日は私には絶対に考えられない答えを見させていただいてその勇気に敬意を表した朝でした。そのスーツをカッコ良いと思ったか否かは論評を控えたいと存じます。

2011年10月22日 (土)

紳士服地事情 (輸入素材と品質基準などのこと-4) 以前から思っていることですが、このところ完全に正義を勝ち取ってしまっていることに、「ハンガー映え」というのがあります

紳士服地事情

 

(輸入素材と品質基準などのこと-4)

 

 話が、このコラムの始まりのテーマから脱線しかけてきましたが、まあブログですからお許しのほどを。前項で、「多くの基準をいわば「クレームの起きにくいところ」に置くことで、安全を確保する代わりに「テイスト・味わい・雰囲気」などは二の次となるわけです。」ということをお話しましたが、この、売り場の性格といいますかユーザーである日本人の性格というものが、西洋から入ってきた「洋服」の基準を生地の検査基準のみならず服そのものにまで拡大してきていることについて考えてみたいと思います。

以前から思っていることですが、このところ完全に正義を勝ち取ってしまっていることに、「ハンガー映え」というのがあります。つまりスーツなりジャケットのテーラード・クロージングを売り場でハンガーに掛けた時に美しく見えるかどうかということです。特にハンガーに掛けた時の垂れ下っている袖のたて皺なんかを問題にして大騒ぎをする場合があります。普通サンプルが上がったら、先ずは着てみてどうかということが最も大切なことですが、時に着ることもせずにハンガーに掛けたままで仕上げを論じたりという素っ頓狂なことをしていることが少なくありません。だいたいだなー、ハンガーの太さと人間の肩幅がおんなじか?それによー、腕も入ってねーのに縦じわがきたないだと!そんなことより着てみてどうなんだい、えっ、服てえものはだな、「着た時に着易く、見た時に美しい」ってえのが、いい服なんだって星野醍醐郎先生がとうの昔に決めてるんだ、べらぼうめ!!というわけでやはり着てどうかなのだと思うのですが、良貨は悪貨に駆逐されてしまったというのが現実ではないでしょうか。

とはいえ、私が業界に入った1968年にはまだ、「それでは、君にはまず上着のたたみ方を教えてあげよう」というくらいでしたから、ハンガーに掛けるだけ良しとするか・・、とも言えません。これはやはり“着もの”という平面で全てが処理されているものと立体で出来ている“洋服”が、着ものに近い精神構造と基準をもって処理し続けられてきたことに原因があるのではないでしょうか。ですから、メンズを教える学校が無くなっている現在、百貨店や服飾誌にはブランドと蘊蓄の紹介だけでなく、着るものの本質的なお話とか文化論なんかにも踏み込んでいただきたいなと思う今日この頃であります。

続く・・かどうか。

2011年10月21日 (金)

紳士服地事情 (輸入素材と品質基準などのこと-3) メンズファッション専門学校なきあと現在に至るまで我が国にメンズを専門に教える学校が無いことに話題が飛びました

紳士服地事情

(輸入素材と品質基準などのこと-3)

 昨日は久々に、今は存在しない我が母校メンズファッション専門学校の校長先生ご夫妻と、学校の最後までお付き合いいただいた担任の吉田先生と吉田氏宅でお会いしました。吉田先生が袋物をお作りになっており、展示即売をなされていましたのでご一緒させていただいたというわけです。久々に昔話などをして楽しい時間を過ごしましたが、メンズファッション専門学校なきあと現在に至るまで我が国にメンズを専門に教える学校が無いことに話題が飛びました。以前にも書いたことがありましたが、多くのデザイナーやマーチャンダイザーを排出した母校はおよそ10年前に閉校いたしましたので、最後の卒業生が30歳を超えております。また、男の服を型紙、縫製面から教育し多くの技術者を排出してきた日本洋服専門学校も学校を閉じてすでに20年を経過しており、最後の卒業生は40歳を過ぎたというわけです。

さらに川上に参りますれば、紡績や毛織物の世界での名門として名を馳せた名古屋大学の繊維工学科もいまは存在しませんし、かろうじて信州大学に繊維学部が残るのみとなっております。それも毛織物やウール紡績ではなくどちらかといえば化学繊維、植物繊維が中心の様子です。資本主義、自由経済の中では需要と供給のバランスが全ての決定要素となるということからいきますと、川上から川下にいたるまで教育機関は不要であるという判断がマーケットからされたということなのでありましょう。簡単にいいますと、長い時間で言えば服が我が国に入ってきて以降国内で長期間「つくって販売してきた」ということからここ数十年の間で「買ってきて販売する」ということに変化してきたことが主な原因ということだと思います。素材、製品に於いても高級品の多くはイタリアあるいは英国からのものですし、低価格品から中級品においても多くは中国からの製品で市場は構成されております。必然的に必要とされる部門は検査、バイイング、販売というところになり、アパレルといえども現在は多くの部分を繊維専門商社に頼っており、生産部門は言わずもがな商品企画までも人員的にも商社の方が充実しているともいえるのではないでしょうか。

このことが、このコラムの始まりにおける検査基準などにも影響を及ぼすわけです。つまり、多くの基準をいわば「クレームの起きにくいところ」に置くことで、安全を確保する代わりに「テイスト・味わい・雰囲気」などは二の次となるわけです。一方、教育がなくなったことでの弊害はおかしなところに現れております。今年のクールビズの恩恵で販売が良好であったメンズのビジネスシャツですが、実におかしなデザインが横行しておりました。ノーネクタイだからアクセントを付けなくてはということなのかもしれませんが、とんでもないところにボタンダウンのボタンをつけたり、襟の変なところでカットしてマイターカラーの変形らしきものを作ったりと、およそ男の服の基本を学んだ人たちには恥ずかしくて出来ないようなデザインが流行っておりました。ここで、前項で話しましたように着る人にも責任があるという点から言いますと、買う人がいなければあのようなデザインも作らなくなるんだろうけど、政治家を筆頭に得意げに着られたんじゃあ、普通の人は買っちまいますわな。ということでデザインですが、間違ってるかもしれませんがああいうのは1)レディスの学校を卒業した若い人がデザインしたんじゃないか。2)なんか、デザインしないと上司が分かってくれないんじゃないか、など色々ありますが、つまり今大手アパレルがやっているデザイナーの登竜門のなんとか大賞あたりでも、ひたすら目立って変わってないと入賞出来ないわけだから、レディスの学校を卒業した男の子も必死に“デザイン”しちゃうんでしょうね。そのことがひいては仕事に於いてのデザインにまで繋がっちゃうんじゃないかと想像するんだけど、これは確証ではありませんので、反論を期待してこの項を終わります。

---続くかも。

«紳士服地事情 (輸入素材と品質基準などのこと) 着るものという領域の中でもこの検査基準及び規格化至上主義で良いのだろうかというのがテーマでありました

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